2011年10月19日 (水)

アッパッパ

カーネーションの糸子さん、目出度く(パッチ屋)で働くことになりました。

で・・・糸子さん、洋服作りに目覚めたきっかけの(アッパッパ)について。

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みっちゃん、子供のころはおかあちゃんも自分も夏はみんな(アッパッパ)でした。

生地は木綿でサッカー生地はより涼しく、関西の気候風土によく合っていたのではないでしょか?そしてウエストをしぼってないのでなんとも開放的。

ウィキによると、くいだおれ創業者の山田六郎氏の考案だそうな。(ほんまに?)

いかにも関西独特のネーミングだけれど、ほかの地域はなんと呼んでいたのだろう?
ウィキでは(up a parts)が当てられている。

小学校低学年のみっちゃん、夏の間家ではクレープのシミーズ(基本白)。

子供の場合アッパッパとシミーズはほとんど差はなく、そのままつっかけでお風呂屋さんへも行くし、かき氷買いにもいく。

団扇とスイカ、かき氷と蚊取り線香、シミーズとつっかけ・・・・あぁ、昭和は遠くなりにけり。

朝ドラ・・・なんちゃって関西弁もなく、さらっと関西のノリが笑いを誘う。

面白くなってきた。

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2010年8月 7日 (土)

けむし

散歩中、『子供のころ、これで遊んだよな~』というと、おっちゃんは『それ女の子の遊びやったね』。

そうかなあ・・・・

『ほらっ、けむしやで~』

興味ないようで・・・

みっちゃんは、ほかに草相撲なんかもやったよ。

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2010年5月15日 (土)

紙芝居

『ゲゲゲの女房』より
水木しげるのペンネームを付け、伝説的な紙芝居師と云われた音松親方が言った 『(紙芝居を見る)子供たちはどこへ行ってしまったのかね・・・。』

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カギっ子のみっちゃんは、学校から帰ってのりこちゃんたちと『しほうけりん(けんけん)』やら『ゴムとび』やら『陣地とり』していても、拍子木の音が聞こえると『かみしばいやで!』と走りだしたものでした。
当時の紙芝居は手描きの一点ものであることを『ゲゲゲ・・・』で知った。
どんな出しものがあったのかほとんど覚えてない。

先にソースせんべいや割り箸に付けた水あめを買うのが木戸銭のようなもの、そうそう『型抜き』っていうのがあったな・・・。
食べられるんだけど、粉っぽくてたいして美味しくなかった。
簡単なトンボや傘やヨットなんかがあったと思う。
上手に抜けたら、賞品か賞金が貰えたような・・・。

そして、紙芝居やさんって現役を引退した60代くらいのおじさんが、ジャガードの鳥打帽とジャンパーを着ていた気がする。 (ドラマなどのすりこみの可能性もありですが。)
いづれにしても大昔の話なので定かではない。

大阪に日本でただ一人のプロの紙芝居やさんがおられるという。
いまも昔とおなじシステムなんだろうか?
拍子木で子供を集めて・・・こどもあんまり外で遊んでないしな。
それに勝手に入っていい空き地などもうないからね。

『墓場鬼太郎』なんかを名調子で聞いてみたいなあ。

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2009年12月 4日 (金)

あやとり

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お題 : あやとり

綾を識り ひとのわを識る 糸ひとつ 

詠み人 : のざっぴ

定期購入している洗顔石鹸に【あやとり糸】のおまけが付いてきた。

懐かしや~

考えずとも、指が覚えていたのは【はしご】。

子供のころは【東京タワー】【ほうき】【ゴム】なんかが出来ていたように思うが、どうやら指は覚えていない。

ネットで検索してみれば世界中に同じような遊びがあるらしい。

一人で作るのと、2人以上で糸を取りあうゲーム的なものがありました。

半世紀ほど前の年末、故郷からばあちゃんが送ってくれた正月用のお餅の隅っこに、着物の端切れで作ったおじゃみ(お手玉)ときれい色のあやとり糸が入っていて、母に遊び方を教えてもらった。

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あやとり おはじき おじゃみ 小春日和の縁側でみっちゃんが遊ぶ。。。。。。。virgo

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2009年1月15日 (木)

冬の星座

   木枯らし途絶えて 冴ゆる空より
   地上に降りしく 奇すしきひかりよ
   ものみな憩える 静寂のなかに
   煌きゆれつつ 星座はめぐる

中学の音楽で習った記憶がありますが、本当にこの詩で間違っていないか自信はありません。
元はアメリカの歌なのだそうです。

今日のように晴れて冷え込みが厳しい夜には、いつもこの歌を思い出します。
美しい詩が心を洗います。
都会の空にもいつか降りしく星座を見ることがあるでしょうか。

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もうひとつ好きな冬の歌、文部省唱歌『冬景色』

  さ霧消ゆる湊江の
  舟に白し朝の霜
  ただ水鳥の声はして
  いまだ覚めず岸の家

みっちゃんはお勉強は大嫌い、宿題もしょっちゅう忘れては叱られる。
成績も後ろから数えたほうが早い子供でした。
そんなみっちゃんが、大人になってこの歳になっても歌詞をちゃんと覚えており、ありありと情景も浮かぶのです。

美しい日本語だからですね。

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2008年11月21日 (金)

ミシン

250pxsinger_sewing_machine_table1a sewing machine (和英辞典)
ミシンはマシンなり。

みっちゃんが5歳の時に高知県から大阪へ引っ越してきた。
6畳と4.5畳2間に父母と兄との4人家族。
今考えると家具など置くスペースがどこにあったのかと思われるが、さらにそこに母が実家から嫁入り道具として持ってきたらしいミシンがあった。
全く画像のような重い鋳物の足踏みmachineでありました。

縫物が母の唯一の楽しみで、みっちゃんの遠足やらお正月に真新しい洋服を作ってくれたものでした。

そんな母の針仕事を横で見ていたみっちゃんは、小学校の家庭科でミシンを習う前から糸の掛け方もすっかり覚えて、端切れでお人形の服を作って遊んでいたのでした。

大人になって女の子ができたら、きっとかわいい服を作ってあげましょうと思っていたが人生思うようにはいかず、今は家事をサボって(仕事も時々サボるが・・・)今は亡き母が買ってくれたポータブルミシンを出してきては犬服をせっせと作る今日この頃であります。

『ありがた迷惑っぽいけど、そーゆうことなら着てあげてもええですよ。』小夏

こんなんです。
型紙はひとつで文太用は少し長め、元子供用Tシャツ。

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(みっちゃん)はのざっぴ子供の頃の名前


ミシン画像はsinger社

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2008年8月 9日 (土)

ストリートビュー

Googleのストリートビューが面白い。
というより、こんなことが出来るなんて凄い、凄すぎる。

その場所へ自分が実際に行ったかのように立って動いて見渡せる。
上も下も右も左も見ることが出来るのであります。
会社の前にはいつも配達にくるY運輸のおにいさんの後姿も写っている。

40年ほど前まで住んでいたあたりへ行ってみた。
道路は殆ど40年前のまま。
しかししかし・・・・
みっちゃんの住んでいたアパートのあとにはマンションが建っており、お正月晴れ着で自分の家のように記念写真に納まった隣のお屋敷もマンションに変わっている。
暗くなるまでゴム跳びやけんけんで遊んだ裏の空き地も住宅に。
銭湯も、お風呂の帰りにカキ氷を食べたお好み焼き屋さんもない。
同級生の山田さんちの雑貨屋さんもない。
すっかり様変わりしてしまっている。『40年だからね~』
仲良しだったのり子ちゃんちは・・・・更地になっていた。

ところが・・・おお~、とうちゃんの『いこい』を買いにいったタバコ屋さんが昔のままだ。
シャッターは閉まっているので、もしかしたらもう店は畳んでいるかもしれない。

Photo_3 人生、結婚してからのほうが圧倒的に永くなってしまったが、それ以外では一番永く住んだところであります。
一度行ってみたいと思っていたおばちゃんでした。
『ストリートビュー』のお陰でおばちゃんは、ふわふわと時空を飛び、みっちゃんになって紙芝居のおっちゃんから水あめを買うたり、夕間暮れ裏に積まれた材木に座って近所のおばあさんから怖い怖いお話を聞いたりしておりました。

次はどこへいってみようか。

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2008年5月30日 (金)

パブロフの犬

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犬にエサを与えるときに必ずベルを鳴らすようにしたところ、エサが無くてもベルを鳴らすと犬がよだれをたらしたことから、条件反射の喩えとして用いられる。
という有名なパブロフ博士の実験ですね。

このごろ昨晩のおかずは思い出せなくても昔のことはよく覚えているのざっぴ(悲)、みっちゃん(のざっぴの幼名)が9歳のときでありますから、かれこれ45年ほど昔のこと。
家の近くにあった○陽高校のお昼休み、食堂から漂ううどんだしの匂い。
そしてそのころ人気の映画音楽《ブーべの恋人》が毎日のように聞こえていた。
ジョージ・チャキリスとクラウディア・カルディナーレの純愛映画であります。
映画の内容は全然知らないにもかかわらず、哀切のテーマ曲は強烈に覚えている。
みっちゃんのなかでは、うどんだしの匂いと《ブーべの恋人》はセット。
あれから約半世紀、今でもお昼時どこからともなくうどんだしの匂いが漂ってくれば、必ずあの哀切のメロディが流れる。

そしてパブロフ小夏、『えらいね~』と褒めると必ずおいしい口&よだれdog
褒め言葉とごほうびがセットなのだ。

おばちゃんたちの食事が終わり、こなぶんたちのご飯の用意を始めると・・・ねーやんはおばちゃんの足元で、じゅる~coldsweats01
このよだれが尋常でない。
用意が出来てハウスまで粘っこいよだれの線ができる。
毎回台所の足元とハウスまでの行程を、パブロフ・・・を実感しながら雑巾で拭いていかねばならないおばちゃんでありました。

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2008年5月23日 (金)

貸本屋について

Dokusho  昭和30年代、みっちゃんは小学生。
偉人伝やら、文学全集は学校の図書室にあったのは知っている。
しかし、みっちゃんと友達数人は図書室の事務のお姉さんと仲良くなり、図書室は本を読むところではなく放課後かくれんぼとかして遊ぶところと認識しておりました。
みっちゃんの読書といえばマンガ本。
当時どこの町にも《貸本屋》なるものがありました。
毎日日が暮れるまで遊びほうけて、一日一回駄菓子屋でどれにしようか悩みに悩んで、やっと当てもんの飴玉一個というお小遣い事情。
マンガ本などを買うという発想はなかったように思う。
りぼん、マーガレット、少女フレンド・・・
毎回待ちかねて借りては友達と回し読みしていた。
期限があるので、ほとんど速読である。
本を読むのは貸本以外は唯一の習い事《書道教室》で待合室に置いてあった手塚治虫のリボンの騎士や火の鳥でありました。
その後生活レベルの向上とテレビの普及で急激に貸本業は衰退していったのだそうな。

大人になって自分で稼ぐようになったみっちゃんは、本屋さんでインクの匂いもしそうな美しい週刊誌や月刊誌、単行本も自力で買うようになった。
しかし、週刊誌などはさらっと一回読んだだけでもう古新聞なんかと一緒にくくられてしまう。
なんかもったいない気がするのだ。
コーヒーのシミが付いているわけでもなく、おせんべいの欠片も挟まってない。
ほとんどさらっぴぃ~の状態なのに、である。
最近週刊誌は病院の待合か美容院でしか読むことはないし、もうマンガ本も読むことはなくなった。
しかし読みたい本はいっぱいあって、それはやっぱり本屋さんで買うしかないのであります。そして面白くて一気に読んでしまったとか、感動した本たちを捨てられないでいる。
図書館で借りるといいんだけど近くにない。
愛着のある本たちを二束三文で売るのではなく、歳をとったら儲からない貸本屋さんでもやるかね~

Photo_2  ところで最近、本を借りた。
いつもこなぶんがシャンプーしてもらっているお店のカフェには犬に関する本が並んでいる。
コーヒー一杯飲む短時間に読めるのは、犬の写真集やら絵本、エッセイ、犬全鑑をさらっと見るくらいのものだが、以前読んだ『マーリー』なんかも置いてある。
オーナーが読もうと思って買ったのも並べてあるのだそうです。
この前シャンプーのとき、目に付いたエミリー・ヨッフェの『犬はきらい?』を借りて帰ってもいいか聞いてみたら快く貸し出してくれた。
因みにオーナーに『面白かった?』と聞いたら『まだ読んでない』とのことでありました。
買ったご本人より先に読ませてもらった。
買えば1333円+税であります(ラッキー)。
猫好きの作者が娘にせがまれて飼うことになった野良犬サーシャ(ビーグル)にふりまわされながらもどんどん犬の魅力にはまっていく過程に共感。
わたしの周りのビーグルさんはみんなおりこうで、こんなに大変だとは思ってもみなかったのですが・・・。
作者が麻薬探知犬の訓練センターを訪ねたとき、プロの訓練士でも自分の犬の行儀の悪さに手を焼いているのを知って気が晴れたというくだりには、わたしも一緒に気が晴れた。
アメリカの犬事情も面白く読んだ。

また、読みたい本をそれとなくオーナーに言うておけば、そのうち本棚に並ぶかもしれないな。
シャンプーのついでにコーヒー一杯で貸本屋。
次回シャンプーの時に返却します。ありがとうm(__)m

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2007年12月22日 (土)

クリスマスイルミネーション

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大阪ベイエリアのクリスマスイルミネーションです。
今年は23(日)、24(月)クリスマス宵々宮と宵宮(???)がお休みでたくさんの人出となることでしょう。

みっちゃんが子供のころはクリスマスよりお正月のほうが大イベントで、もちろんこんな大がかりなイルミネーションなどあるわけもなく、サラリーマンが赤いサンタ帽を被って酔っ払っている姿が印象に残るばかりでありました。
押し並べて貧しい時代にお母ちゃんがなけなしのお金で買ってくれた少しだけデコレーションしたケーキを家へ帰って開けてみれば、スポンジケーキではなくパンだったのがみっちゃんクリスマスのほろ苦い思い出であります。

さて勤務先の近く、ひと月程前に点灯式のあったジャンジャン横丁のジャンナリエ(爆)
『それって神戸ルミナリエのパクリやん!』と早よつっこんでくれと言わんばかりのネーミング(^_^;)
用事で通りかかった同僚のひーさんはひとりで爆笑しそうになったらしい。
新世界お弁当やさんに『ジャンナリエどう?』と聞くと、『あかん、ショボナリエや・・・』とのことでありました^m^
来年のバレンタインデーまでやってるそうです。こんな情報いりませんか?

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